車を駐車場に停めて外に出た途端真夏の重苦しい空気が肺に流れ込んできて三井は大きく息を吐いた。

「アッチぃなー」

天気は快晴。透明な日差しに照らされ、たちまち玉の汗が吹き出る。眠気覚ましに噛んでいたガムをポケットティッシュに包んでゴミ箱に投げ入れてから空港の国際ターミナルへ足早に向かった。
開いた自動ドアから流れ出てくる空調の効いた涼しい空気に生き返る~とつぶやきながら中に入った。早朝なのにターミナルにはそれなりに人がいる。
ジャケットのポケットから携帯を取り出し時間を確認する。午前6時半。到着まではまだ2時間ほどある。
三井はどうすっかなーと少し悩んで、上りのエスカレーターへ向かった。出口でずっと待つのも落ち着かないし、そろそろ朝食の時間だし。カフェにでも入って適当になんか食うか。
それに何よりも、

「疲れたぁ」

肩を落としながら盛大にため息をついた。少し頭の中がぼーっとしてるのは暑さのせいではない。
昨日福岡での遠征試合後、打ち上げにちょっと顔だけ出してそのまま車を飛ばして空港へと向かってきたのだった。
12時間ぶっ通し運転はさすがにしんどいな、と三井は手の甲で額を擦りながら思った。
でも、だって。10か月ぶりに帰ってくる恋人の迎えは絶対自分が来たかったんだから仕方ない。
それに確かに疲れてるけど、2時間後宮城に会えると思うだけで自然と口元がほころぶ。
宮城に会いたい。一秒でも早く、その一心で徹夜で走ってきたんだから。

気のせいか少し軽くなった足取りで適当なカフェに入った。サラダにサンドイッチ、アイスコーヒーを頼んで窓際のカウンター席に座る。店の中は数人の客がぽつぽつと座ってるだけでどちらかというと閑散としていた。
12時間ぶりの食事に今までずっと空腹でふて寝していた胃が早く食いもん寄こせ!と騒ぎ立てる。とりあえずサラダから口に運んだ。サラダのドレッシングはさっぱりしてて口の中に広がる柑橘系の香りが暑い季節にピッタリだった。ゆっくりと目の前のものを平らげていく。最後の一口を咀嚼しながら大きい窓の外を眺める。遠くに見える滑走路にどこからか帰ってきた飛行機が着陸してるところが見えた。もうすぐあそこから宮城が帰ってくる。心臓が小さく跳ねた。
宮城に会ったらなんて言おう…とりあえず抱きしめて、やっぱここはおかえり、か?それとも会いたかった?うーんん…三井は小さく唸った。去年は泣いちまってなんも言えなかったんだっけ。
改めて思い出すとなんか一人恥ずかしくなって氷が解けて少し薄くなったアイスコーヒーを一気に飲み干した。いきなり大量に流れ込んできた液体の冷たさに体がブルっとする。お腹を擦りながら携帯を確認すると到着までまだ1時間ちょいある。そうだ、と三井は携帯を持って窓に向けて画面をタッチした。小さいシャッター音が鳴って目の前の風景が携帯の液晶に小さく切り取られる。L〇NEに切り替えてメッセージと共に写真を送った。

『待ってるぜ!』

何度もメッセージを打ち直して結局一言だけ送った。他は顔見て直接言えばいい。三井は携帯をテーブルに置いて頬杖をついてグラスに挿されたストローで溶けかけの氷を弄った。あと1時間。こういう時の時間って過ぎるのおせーんだよな。軽くため息をつく。待つのは嫌いではないけどやっぱり早く会いたいって気持ちが強くて余計時間を遅く感じる。今日はとりあえず宮城を実家に送り届けてやってそんで明日からは一緒にいられる。何しよう、あいつ久しぶりの帰国だし、先ずは…
色々考えるうちに瞼が段々重くなってくる。襲ってくる睡魔に抗おうにも徹夜の運転で疲れた頭では到底無理だった。

◇◆◇◆◇

飛行機は到着予定時刻より30分ほど遅れて空港に着陸した。

「くそ、いっつも到着遅れるし、予定時刻って意味なくね?!」

ぶつぶつ文句を言いながらキャリーケースを取り、急いで出口へと向かった。出口を出た宮城はサングラス越しに周りを見渡す。誰かのお迎えに来たであろう人達が結構いたが、

「いない…」

三井はいなかった。さっき到着してネットが繋がったとき確認したメッセージには待ってるってあったし、空港の写真も一緒だったからこっちにいるはずなのに。もしかしてトイレかなと思い、宮城は暫く出口の近くで待ったが三井は現れなかった。
おかしいと思ってメッセージを再度確認する。窓ガラスの外に見える飛行機と滑走路、あとは画面の端っこに写ってるストローの挿さったグラス。それらから推測するに、窓際にカウンター席のあるカフェという結論に至った宮城はもしかしてと思ってまずは店を探し始めた。 特徴が一致する店は2箇所しかなくすぐ大きい背中を見つけた。どうやらカウンターにうつ伏せで寝てるようだった。

「だから来なくていいって言ったのによ」

小さくため息を零す。
到着の前日福岡で試合があると聞いて迎えはいいっすよ。って言ったのに。この人ってばダメ、絶対に行くということ聞かないし。本当そういうところは頑固なんだよな。律儀っていうか。 もちろんお迎えはすげー嬉しいけど無理してほしくなかった。
キャリーケースを持ち上げで三井に近づいてそっと隣に座った。すうすうとよく寝ている。まあ、疲れただろうな。サングラスを頭にかけて同じくうつ伏せになって三井の寝顔を覗き込む。自分の腕を枕にして横向いてる三井の寝顔はどこか少年のように幼く見える。10か月ぶりに見る恋人の顔が寝顔っていうのも新鮮でいいかも、と宮城はそれを眺めながら思った。
手を伸ばし三井の頭を優しく撫でる。

「頭ちっちぇー」

本人が聞いたら「お前がそれ言う?」とツッコまれるだろうなーと宮城は小さく笑った。撫でていた触り心地の良い髪から手を動かして耳たぶに触れる。あたたかく柔らかい肉の感触が楽しくて弄り続けた。

「へぇ、くすぐってーよ、みゃぎぃ」

急にへへっと笑いとともに舌たるい言葉が小さく開いた三井の唇から零れ出た。
アンタ何勝手に夢の中の俺といちゃついてんだよ。本物はこっちだっつーの!とか心の中でツッコミながらも寝言で自分の名前を呼びながらにっこり笑う恋人がそれはもう可愛くて可愛くて脳が痺れそうになるくらい愛おしい。
宮城は今にも食っちまいたい欲望を抑えつつ、ずっと触っててちょっと赤くなってる耳に顔を近づけた。

「三井さん、朝っすよ~。起きないと」
 
耳元で低い声で優しくささやく。指で三井の顔をなぞるとくすぐったいのか、眉間を寄せるのかと思いきやまたぷふっと笑って、

「リョぉたぁ…あと5分…だけ…」

と甘えるような声で寝言を言う。その瞬間、宮城の心臓が騒ぎ出した。
なっ?!ちょ、ちょちょ、ちょっと!
起こしてびっくりさせようとしたのに返り討ちにされてしまった宮城は、顔はもちろん首までものの見事に真っ赤に染まった。
この人って本当…

「…ずるいよ、もう」

俯いて頭を掻く。
この人っていつもは宮城と呼ぶくせにベッドの上の時だけリョータって名前で呼ぶ。何でって聞いたら「なぜって…俺がそうしたいからだよ」とにんまり笑ってた。そのおかげで不意打ちを食らった今顔だけでなく下の方も爆発しそうだった。んだこれ、俺パブロフの犬かよ?!溜息か深呼吸かわからない大きく深い息を何度も繰り返して、

「ハああぁーくっそ。覚えてろよ」

宮城はまだ少し赤い顔で静かに復讐(?)を誓った。何とか落ち着かせていると隣で動く気配がする。

「っ…んん……?宮城……?」

視線を向けるとまだ眠気の取れてない色素の薄い瞳がこちらを見上げていた。2回瞬きをしてやっと眼の前の人物が宮城と認識したのか、三井の頬が緩み満開した向日葵みたいな明るい笑顔が咲いた。寝ていたせいかいつもより暖かい手が宮城の頬に添えられる。落ち着いたばかりの心臓がまた大きく跳ねた。

「おかえり」

甘い声が耳をくすぐる。
宮城は頬に添えられた恋人の手を取り手のひらに軽く口づけた。

「ただいま、三井サン」





Posted by Bernardo
,